プロテニスプレーヤーとして活躍した杉山愛さんは、幼少期にあらゆる遊び・スポーツで体を動かしていました。
杉山さんの実家は茅ヶ崎にあり、海まで5分ほどの住宅街にある一軒家でした。
道路で近所の子供達とドッジボールや野球をし、自転車を補助輪なしで乗る練習もして、夏になると毎日のように海やプールで泳いだそうです。
いろんなスポーツを経てテニスに
とにかく体を動かすのが大好きだったので、幼稚園からテニスの他にクラシックバレエやフィギュアスケート、体操教室にも通っていました。
いろいろ経験したスポーツの中でもテニスが一番楽しかったので、小学2年生からは本格的に習い始めます。
藤沢市善行にアメリカのテニス・アカデミーが開校し、週に5~6回通うようになります。
放課後3~4時間テニスをすると帰宅は夜の8~9時になります。
杉山さんいわく「ボールを打つときの感覚が楽しくてテニスに夢中」でした。
練習中は一時もじっとしていられないほど走らされましたが、辛いとか、レッスンに行きたくないとかは一度も考えませんでした。
お母さんはじめ家族のサポートもあり、「もっと練習してうまくなりたかった」そうです。
ちなみに、杉山さんのお母さんは学生時代はスキー部だったため、冬になると杉山さんはお母さんからスキーを習い、「ガンガン滑っていた」のだとか。
中学になるとテニスと勉強の両立が大変でしたが、周囲のサポートと杉山さん自身の努力で乗り切ります。
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- 勝負をこえた生き方
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高校卒業を待たずにプロへ転向
高校は、「テニスが思い切りできる環境」を選び、湘南工科大学付属校の体育コースに進みます。
高校へはマウンテンバイクで約20分の自転車通学です。
2クラス80人中に女子は10人、杉山さんによると、みんなサバサバしていて、すごく明るい子ばかりでした。
全員が何らかの競技でスポーツ推薦入学しており、全国大会出場など成績も残していました。クラスメートはお互いに叱咤激励する仲で、杉山さんの試合にも応援に来てくれたそうです。
杉山さんは17歳でプロに転向します。
当時は「高校を卒業してからプロに」という考え方が一般的でしたが、杉山さんは15歳でワールドジュニアランキング1位になっており、加えてプロ入りへ背中を押してくれるきっかけが2つありました。
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