前ページの続きです。
 
このページでは体操の菅原リサさんのエピソードを紹介します。

アトランタ五輪はじめ数々の国際大会で日本代表として活躍。90年代の女子体操界をエースとして牽引した菅原リサさん。
 
父はアジア大会銀メダリスト、母はミュンヘン五輪代表という体操一家で育ち、埼玉の戸田市スポーツセンターで体操を始めたのは小1の頃。
 
競技への意欲は人一倍あったが、中学後半から体重管理に悩まされた。
 
「生理が来ると体重管理が難しいと言われていたので、中2で初潮を迎えた時はショックでした。親にも言い出せず、近所のおばさんに”どうしよう!”と泣きながら報告したら”大丈夫だよ”と慰められて。
 
でも、自分では食べ過ぎたから生理が来たのかなと、すごく自己嫌悪に陥りましたね」
 
体重が500グラム増えるだけで身体も重く感じ、鉄棒の車輪が回りづらい。段違い平行棒のタイミングがつかめず、失敗の数が増えた。
 
149センチで42キロ台を守るため、一日十数回は体重で量る。練習の合間には厚着をして走り込み、少しでも体重が増えると、朝晩の食事を抜いて一食だけで済ますことも多かった。
 
「体重が増えると怒られるのが嫌で、何の知識もないままむちゃをしていたと思う。月経不順もずっとあったけれど、競技に集中していたので、今が良ければいいと突っ走っていました」
 
日本体育大学時代は、20歳を過ぎても初潮が来ない人、疲労骨折で苦しむ人も見ており、摂食障害の選手も多かった。菅原さんは体操界の現状をこう語る。
 
「自分が選手だった頃とは全く違う感じがしています。今は世界の選手を見ているとパワーのある子がいいという流れがあり、アメリカの選手も逞しい体つきではるかに難度の高い技をこなしている。
 
昔は細くて当然という意識が強く、私自身もむちゃな体重コントロールをしながら適正体重を守ろうと必死でしたが・・・」
 
引退後は結婚して2人の娘を持つ母となり、今はコーチとして女子選手を見ている。
 
体操界の流れも変わるなか、選手自身が目指すスタイルに応じて体づくりをする。毎日体重を量る習慣はつけるが、本人と話し合って目標を決め、栄養指導も心がけているという。
 
2015年8月、日本産科婦人科学会は国立スポーツ科学センターと共同で行った女性アスリートの健康調査結果を公表。女子大生を中心とする1616名の選手を対象に、現状が報告された。
 
それによれば、月経がなかったアスリートは、全国大会、地方大会出場レベルでも、一般の女子大生に比べて約3倍にのぼる。
 
中でも際立っているのは、体重制限が厳しい、中・長距離や体操・新体操の選手。一般の女子大生に比べ、実に10倍近く、2割強が無月経となっているのだ。
 
「疲労骨折」の経験も、中・長距離選手では5割、体操・新体操選手でも3割を超えている。
 
昨年(2014年)10月、順天堂大学に「女性アスリート外来」が開設された。
 
同大医学部産婦人科の北出真理准教授によると、陸上競技はじめ新体操など審美系競技の選手に「生理が来ない」という主訴が多く、受診するのは中高生や大学生、また実業団選手など様々である。
 
「ハードな練習をしていると、食事をしっかりとっても摂取エネルギーが消費エネルギーに追いつかず、体脂肪の減少によりホルモンバランスが崩れて排卵が止まる事も少なくありません。
 
月経をつかさどる脳の視床下部はストレスの影響を受けやすく、悩み事だけでも月経が止まる場合がある。
 
選手は肉体的負荷だけでなく、試合の重圧やコーチ・同僚との人間関係等でストレスフルになりがちです」
 
必要以上に体重が減ったり、過度なストレスがかかると女性ホルモンが低下。そのまま放置すれば骨量が減少して、若くても骨がスカスカになる骨粗鬆症となり、疲労骨折のリスクが高まる。
 
一方、女性アスリートで月経前の不調(PMS)や生理痛になどに悩む人には、低容量ピルの服用を勧める。
 
「月経前に生じる下腹痛や倦怠感、イライラなどの症状も抑えられ、パフォーマンスが上がります。月経周期も移動できるので、試合日がベストコンディションになるようコントロールする事も可能。子宮内膜症の予防としても使われます」
 
競技では往々にして、「軽い(細い)ほうが有利」とされるものです。
 
いきおい減量を意識するわけですが、それが女性が本来持つ生理現象を損ねるほど行き過ぎるのは、果たしてコンディショニングとして正しいのでしょうか。
 
ましてや骨折などで試合のみならず競技継続すらフイにしてしまっては、何のためのトレーニングや減量かわかりません。
 
栄養学や生理学、スポーツ科学がここまで発達した現在、身体を損ねることなく記録を伸ばすための節制やトレーニングは十分に可能ではないでしょうか。
 
ここまでのコンテンツは週刊新潮 2015年 11/26号134~139ページを参考にしました。