松井秀喜氏 「臨時コーチ」は不要 張本氏の「すり足」に対しても

おそらく全てのスポーツには、「コーチ」が存在します。
 
どんな選手であっても、「誰からも指導を受けない」というケースは無いでしょう。
 
(このコンテンツは週刊文春 2014年 2/13号130ページ「野球の言葉学」を参考にしています)
 

コーチは選手のスキルを伸ばし、身体・精神両面でサポートする存在ですが、選手のレベルや性格、信念によっては、「コーチは不要」ということもあり得るようです。
 
 
「週刊文春」に連載されている、鷲田康氏のコラム「野球の言葉学」に、元ニューヨークヤンキース外野手・松井秀喜氏のエピソードがありました。
 
松井氏は2014年2月1日、巨人軍の宮崎キャンプに「臨時コーチ」として参加しています。
 
 
古巣のキャンプを訪れるのは12年ぶり。当然のことながら、松井氏の行動は注目を集めました。
 
しかし、グラウンドに立った松井氏は、いわゆる「手とり足とり」の指導は全く行いません。
コラムによると、

熱心に練習を視察しているのは、やはり大田(泰示外野手)だった。
 
その大田にも押しつけがましくああしろ、こうしろと教えるのではなく、あくまでヒントを与えられればいいというのがスタンス。
 
指導らしい指導と言えば、キャンプ二日目にベンチ裏で十分間ほど技術的な話し合いを行ったぐらい。
 
バットを執っての熱血指導などは、最初からまったくやるつもりはないのである。

という、「基本的に、個々の選手のやり方に干渉しない」やり方だったのです。
 
 
松井氏はなぜこういうスタンスなのでしょうか?
 
実は、現役時代から松井氏自身がこういう信条だったのです。
 
コラムにはこのようにあります。

実は現役時代に松井ほど”臨時コーチ”を無視してきた選手はいなかった。今でも語り草なのは入団一年目の張本勲さんとの確執である。
 
当時の長嶋茂雄監督(現終身名誉監督)の要請で、張本さんが右足を摺るようにステップする”摺り足打法”を教えようとした。
 
しかし、松井はまったく受け付けず、足を上げてステップする打ち方を捨てようとはしなかった。
 
また、メジャー移籍後に苦しんでいた時期にも、様々な評論家がああでもないこうでもないとアドバイスを送ってきたが、それにもまったく聞く耳を持たなかった。

ありていに言えば、松井氏にとってそれらの”アドバイス”は余計なものだったのでしょう。
 

 
松井氏の心情を勝手に想像するなら、「対処法は自分でわかってるんだから、黙っててくれないか?」といったところでしょうか。
 
ただし、唯一例外がありました。

結局、松井が打撃指導を受け入れたのは、その教えに共鳴して、しかも長期的に自分を見てくれた長嶋監督だけ。
 
臨時でやってきて、その場限りで去っていく”コーチ”がいかに迷惑なものかを一番知っているのが、松井自身なのである。
 
「そっとしておいてあげて下さいよ。騒ぎ過ぎですよ」
 
大田への”指導内容”を問われた松井の言葉学だ。
だから臨時コーチとしての目立った仕事は、練習の手伝いしかない。

「自分のやり方があるんだ!」と、周囲からのアドバイスに耳を貸さず、自己流に固執するのもひとつのやり方です。
 
松井氏の信条はおそらく、これに近いでしょう。
 
その結果、素晴らしい実績を残しており、その信条は正しかったと言えるのではないでしょうか。
 
 
たとえ”コーチ”と呼ばれる人のアドバイスであっても、役に立たないどころか、場合によっては「迷い」を生み、スイングを崩すなど、かえってマイナスになることもありえます。
 
 
しかし逆に、そのアドバイスがきっかけで、技術が向上したり、スランプから抜け出せることもおおいにあり得るのです。
 
このへんの要・不要を見極めるのは非常に難しく、その選択の評価は、多くの場合結果論でしかわかりません。
 
 
最後は選手自身の判断(本能や直感も含む?)に委ねられるわけですが、松井氏のケースを参考にするなら、
 
 
指導者としての付き合いが長い人からのアドバイスかどうか
 
 
はひとつの目安になるのではないでしょうか。
 
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